塩原温泉名物の「トテ馬車」10月より2台で運行!
更新日時:2011年9月27日
塩原温泉の名物「トテ馬車」は、10月1日より2台での運行が始まります。1台は、古町県営駐車場発着、2台目は門前発着(予定)となります。
最近はご利用いただくお客様や交通事情の変化により最盛期は十数台あったトテ馬車も一台まで減少しました。このままではトテ馬車が塩原温泉から消えてなくなると危機感をいだいた有志でトテ馬車応援隊を結成、行政や地元のバックアップもあり初めて女性の御者(馬車を運転する人)も加わりました。
かつてトテ馬車は、山道を越えて塩原温泉に旅人を運びました。
それはただ、人を運ぶ交通手段だったのではなく
都会の時間を塩原の時間にする、タイムマシンの役目を果たしていました。
トテ馬車の旅で、塩原の時間旅行をしてみませんか~
※トテ馬車の語源は御者が吹くラッパの音がトテ・トテと聞こえるところからこう呼ばれています。
〈営業のご案内〉
県営駐車場発着問い合わせ
大脇観光トテ馬車 0287-32-2305
木曜日定休日
門前発着問い合わせ
めろん亭 上田 0287-32-2926
火曜日定休日
門前発の時間は、10時、11時、13時、14時、15時発予定しています。
料金は大人1000円、子供500円、2名様より出発します。
天候、その他の事情により運休の場合があります。乗り合いになりますのでご承知ください。
(情報提供 塩原温泉旅館協同組合)
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作成者:shimofujiyaカテゴリー:お知らせ
9月26日は台風襲来の日です。
更新日時:2011年9月26日
○台風襲来の日
統計上、台風襲来の回数が多い日です。
1954(昭和29)年に「洞爺丸台風」で青函連絡船・洞爺丸が転覆、1958(昭和33)年に「狩野川台風」が伊豆・関東地方に来襲、1959(昭和34)年に「伊勢湾台風」が東海地方に上陸したのは全てこの日だったのです。
先日の台風15号は一週間ほど早い上陸でしたが日本各地に大きな被害をもたらしたことは記憶に新しいです。
最近の異常気象は台風の大型化やゲリラ豪雨にも影響をもたらしています。
幸い当地での被害はありませんでした。
地球温暖化防止へ待った無しのところに来ています!
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作成者:shimofujiyaカテゴリー:お知らせ
当館ゆかりの版画家「川瀬巴水」作品紹介です。
更新日時:2011年9月24日
昭和を代表する版画家の川瀬巴水は塩原温泉にかかわる多くの作品を残しました。
当館からの眺めを題材にして『湯宿の朝』や今回ご紹介する塩原猿岩洞付近を描いた作品も
その一つです。遠くにそびえる山々や もみじ などが鮮やかに描かれています。
塩原ものがたり館でも展示をされていますので当館へお越しの際はお立ち寄りください。
まもなく秋本番の塩原温泉です。
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作成者:shimofujiyaカテゴリー:お知らせ
☆東北新幹線 震災前の通常ダイヤにもどりました。
更新日時:2011年9月23日
東北新幹線は、ことし3月の震災の影響で、これまで一部の区間で速度を落として運転してきましたが、23日の始発から震災前の通常ダイヤに戻り、震災から半年余りで完全に復旧しました。
東北新幹線は、地震のあとに復旧させた架線や線路が本来の高速運転に耐えられる状態ではないため、これまで福島駅と岩手県の一ノ関駅の間で速度を落として運転してきました。しかし、本格的な復旧工事が終わり、23日の始発から震災前の本来のダイヤに戻りました。下りの「はやて」は、東京・新青森間がこれまでよりも21分短縮されて3時間23分、東京・仙台間が10分短縮され、1時間38分になります。国内最速の時速300キロ運転を行う「はやぶさ」は、東京・新青森間がこれまでよりも20分短縮されて3時間10分となります。また、東京発の列車の本数もこれまでの96%から100%になります。震災で、架線や線路に大きな被害を受けた東北新幹線は、震災から半年余りで完全に復旧したことになり、被災地の復興の後押しになると期待されています。
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当館ゆかりの版画家『川瀬巴水』の作品の紹介
更新日時:2011年9月22日
川瀬巴水の作品のご紹介です。
大正から昭和にかけて日本各地を旅して回り、風景を描いた版画家の川瀬巴水。「昭和の広重」とも呼ばれ、高く評価されているが、これまであまり知られてはおりませんでした。
巴水は、各地の風景を版画に残してきました。その数は、大錦判と呼ばれる浮世絵の標準サイズで600点あまり。明治以降の日本版画界を代表する作家でした。しかし、巴水はこれまで、日本国内よりも海外で高く評価されていました。欧米のコレクターの間では、江戸時代の葛飾北斎や安藤広重と並び称され、全作品集も出版されています。
おかね路の入口には、フェンスが張られていて、通ることができなかった。道幅が狭く、落石の恐
巴水が、 塩原を選んだのには理由があります。幼い頃、病気がちだった巴水は、夏になると東京の両親のもとを離れて、伯母夫妻が土産物屋を営んでいた塩原で過ごしました。巴水自身、「塩原は私を非常に可愛がつて呉れました。…懐かしい故郷のやうに思はれます」と書き残しています。
この作品も大正7年に製作された当館を題材とした作品です。
『塩原 新湯の秋』
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